§ 青いバラのすべて §

バラ愛好家だけでなく、多くのガーデナーたちの間でもその出現が待たれる、真の「青いバラ」。
近年でも、日本の育種家の手によってかなり青色に近いバラが作出されたり、バイオテクノロジー技術を駆使した、 大手企業による開発競争が行われていたりと、何かと注目を集めています。
今までに作出された青いバラの品種紹介や栽培法のほか、真の「青いバラ」を実際に作り出すまでに どんな問題があるのかなど、その謎と魅力をご紹介します。

第1部  青いバラのしくみ
村上 敏(京成バラ園芸)
●真の「青い色」を求めて
バラは、はるか紀元前から人々の間で利用されていましたが、食用としてではなく、その強く甘い香りを採る嗜好品のための作物ゆえ、富や権力の象徴となり、なおかつその美しさのため、美の象徴となったのは自然なことのように思われます。植物全体で見ても、青い花を咲かせる種はそれほど多くない中で、「青いバラ」だけが夢の象徴とされるのは、バラを取り巻く前述のような環境があったからでしょう。

青いバラを作り出すことは、昔から実に多くの育種家や学者、研究者がチャレンジし、苦心している分野でもあります。 現在、「青いバラ」として出回っているバラはありますが、それらはいずれも真に青い色ではなく、どちらかというと紫色や藤色、ブルーグレーに近い色です。

例えば、1957年に発表された“スターリング・シルバー”という品種は、薄いラベンダー色のバラですが、当時は「バラ界待望の青バラ」として話題になりました。 しかし、その後作出されたバラの中で、純粋に青い色のバラは、残念ながらまだ出てきていません。なぜバラ作りにおいて青い色を出すのが困難なのか、その辺りを少し専門的に掘り下げてみましょう。

スターリング・シルバー
1957年にアメリカで誕生した、香り高いラベンダー色のバラ。青いバラの育種の親として期待され、大きな話題を呼んだ。

●カギとなる色素・デルフィニジン
植物がさまざまな色に見えるのは、含まれる色素の働きによるものです。植物の色素の中で代表的なものは、フラボノイド、ベタレイン、カロチノイド、クロロフィルの4種類です(右表参照)。このうち青色に見せる働きをするものは、フラボノイドの一種であるアントシアニンですが、アントシアニンの中でも特 に重要な青色の色素が「デルフィニジン」です。バラにはもともとこのデルフィニジンが含まれておらず、青色に近いバラの 花びらからも、デルフィニジンは発見されませんでした。こうした科学的裏付けから、十数年前までは青色は「実現不可能の色」として、もっともらしく語られ続けてきたのです。

青い花を調べると、多くの場合はアントシアニンの中に、デルフィニジンのほか、ペチュニジン、マルビジンといった青色の代表的色素が見られます。バラには、シアニジン(赤色)とペラルゴニジン(朱色)とい う2種のアントシアニンが単独、もしくは混ざり合って花びらに含まれています。しかしながら、デルフィニジンをはじめ、青色に関わる先の3種の色素が含まれていないのです。

現在でも全容解明とまではいきませんが、このデルフィニジンの構造をはじめ、青色の花のメカニズムがだいぶ研究され、さまざまな条件をクリアして青色となることが分かってきました。現在分かっているその条件とは、次のとおりです。

・青色がより安定して存在するには、花弁の中がアルカリ性のほうがよい
・フラボン、フラボノールが一定量以上含まれること
・有機酸がアントシアニンと結合していること
・アントシアニン、フラボンが金属イオンと結びつくこと
実際にはこれらがいくつか複合されて、青色となります。また当然のことながら、赤や黄の色素が混じっていると青くはなりません。
■花の4大色素■
●フラボノイド
白・黄・橙・赤・紫・青など
フラボノイドは、アントシアニン、フラボン、フラボノール、カルコン、オーロンなどの色素の総称。水溶性で、細胞液に溶けた状態で存在している。このうち、赤から紫、青、水色まで幅広い発色をする色素がアントシアニンである。
●カロチノイド
黄・橙
カロチノイドは、カロチンとキサントフィルの総称。黄、橙から赤色の色素。花びらだけでなく葉や根、果実などにも含まれている。水に溶けず脂肪などに溶けるため、細胞内の色素体に含まれている。
●ベタレイン
黄・赤紫
ベタレインは、ベタシアニンとベタキサンチンの総称。前者は赤から紫色を、後者は黄色を発色する。ベタレインを持つ植物群は、ナデシコ目(ザクロソウ科、ツルムラサキ科、スベリヒユ科、ヒユ科、アカザ科、サボテン科、オシロイバナ科、ヤマゴボウ科)に限られている。
●クロロフィル

クロロフィルは、いわゆる葉緑素のこと。緑色を発色するが、花の色の色素というよりも、光合成の中心的色素としての働きのほうが重要。多くの花は、つぼみのときはクロロフィルの色(緑色)をしており、花が開くころになるとその他の色素が合成され、クロロフィルは分解されていく。

●新たに分かった青色の色素
最近になって、青いバラに、ロザシアニンという青色の色素が含まれることが新たに発見されました。
これは、今まで青色とは無関係とされたバラの色素の一つ、シアニジンが骨格として含まれています。
現在の青いバラは、フラボノール類を大量に含むことと、ロザシアニンを含むことによって、青みが強くなっていたのです。
このことは、バイオテクノロジーでのみ可能と思われた「青いバラ」も、ある程度は交配育種で実現できる可能性があることを知らしめた事件でした。  
こうした研究がもっと進めば、ほんとうに青いバラが生まれる日も、そう遠くないのかもしれません。

第2部  青いバラ作出の取り組み
従来のバラ交配育種にはじまり、バイオテクノロジーによる遺伝子組み換え技術にいたるまで、青いバラを作り出すために現在試みられている手法には、さまざまなものがあります。
ここでは、わが国でそれぞれ独自のスタンスで青いバラの研究を続けている3名の方に、原稿をお寄せいただきました。
世界各地で「青いバラ」ブームが起こってから約半世紀―真の「青いバラ」への挑戦は、今日も続いています。

Case1  交配を重ねて作り出した“青龍”
小林森治(バラ育種家)
●青バラ育種という底なし沼へ
私が計画的にバラの交配を始めたのは、1961年のことです。
多くの育種家と同様、色があまり変わらないのであきらめかけていた1970年ごろ、“たそがれ”系のバラの中から、当時にしてみればかなり赤みの抜けた、色の良い青バラが咲いたのですが、梅雨の長雨で枯らしてしまいました。
「逃した魚は大きい」とか、また「これを交配していけば、多少でも青バラへ進展するのではないか」という思いから、ずるずると「底なし沼」にはまってしまいました。

長い長い暗中模索、ほとんど可能性がないと言われている青バラ育種を始めて26年、待望の淡青紫色の“オンディーナ”が生まれ、やっと青バラへの可能性が見えてきました。
それから8年後、“マダム・ビオレ”の交配種を“オンディーナ”に交配した中から、私の究極の青バラ“青龍”が生まれました。
この“青龍”は、“スターリング・シルバー”“グレッチャー”“ローズ・ドゥ・ロア”“クリムソン・グローリー”“マダム・ビオレ”の5種のバラを使い、完成させたバラだと言えます。

“オンディーナ”はつぼみも淡青紫色で、開くと色が薄くなりますが、鮮やかな赤い雌しべとのコントラストが美しいバラです。
花弁数10〜15枚、花径8cm、樹性強健、多花性で香りは中くらい。1995年の「花の文化展」で銀賞に入賞しています。
“青龍”は、“オンディーナ”よりも赤みの抜けた淡青紫色で、色は夏に少し薄くなりますが、年間を通じて安定しています。
剣弁高芯型で花弁数25枚、花径は最大で15cm、とげは少なく多花性、花保ちは“マダム・ビオレ”よりも良いのですが、夏越しの後に落葉しやすいのが難点です。
バラの種子まきの準備をする小森さん。
育種キャリアは、すでに40年以上に及ぶ。

小森さん作出のバラ系統図
●「より青いバラ」を目指して
もちろん、私の青いバラ作りは“青龍”で終わったわけではありません。 もっと青く咲かせるための研究は、今でも行っています。 実際、“青龍”よりも青く咲くバラはできていますが、それは“青龍”のように花形も整ってはいないし、 まだまだ改良すべき点があります。青いバラ作りは、2〜3年といった短い期間で結果が出せるテーマではないのです。 それこそ、あと10年、20年かかるかもしれません。 私は自分のライフワークとして、これからも「より青いバラ」を目指していこうと思います。

Case2  遺伝子組み換えで夢の「青いバラ」を
サントリーフラワーズ株式会社
●世界初・青色遺伝子の採取に成功
酒造メーカーとして長年培った、ブドウやムギの品種改良のノウハウを基盤として、 私たちサントリーが花事業に参入したのは1989年のこと。
最初に手掛けたのは、 ペチュニアの改良品種「サフィニア」の開発でした。
その後、交配による従来の品種改良を進める一方で、 交配だけでは困難な花の多色化にも取り組むことになりました。 そこで目標に掲げられたのが、最難関とされる「青いバラ創り」だったのです。

90年5月、私たちはオーストラリアのベンチャー企業・フロリジン(Florigene)社との共同プロジェクトという形で、 青いバラ作りに着手しました。フロリジン社は、バイオテクノロジー技術による植物の新品種の開発を行っており、 花の色の調節に関する研究では、世界のトップレベルにある企業です。
両社の共同研究のテーマは、遺伝子組み換え技術を使って、青いバラを作り出そうというもの。 青い色を出現させる遺伝子を、ほかの植物から取り出してバラに組み込むことで、青いバラを生み出そううと考えたのです。
研究開始から間もない91年8月、共同プロジェクトチームは、世界で初めてこの青色遺伝子を採取することに成功しました。これは、デルフィニジンを生成する酵素の遺伝子を、青いペチュニアから取り出したものです。
この遺伝子をバラに組み込めば、青いバラができる −しかし、それは予想以上に困難なことでした。

培養室にずらりと並んでいる、バラの無菌苗。
●立ちはだかる難関の数々
一つには、バラは遺伝子の組み入れそのものが難しいという点。
植物が現在まで進化してきた過程をさかのぼっていくと、草(草本)と木(木本)とでは、木のほうがずっと原始的な場所に位置づけられます。さらに、バラ科は木の中でも特に原始的な植物であり、外からの変化を受け入れにくい性質があるため、遺伝子操作が容易ではないのです。

また、青い色を作る酵素がうまく形成されても、バラの細胞液は酸性度が高いため、この条件下では青色の色素成分が赤紫色になってしまう、という問題もありました。さらに、バラは花の中でも特に細胞分裂が遅く、組織培養から開花までに約2年間を要します。このため、研究開発にたいへん時間がかかるのです。
このような点をいかに克服し、青いバラを作り出せるか −その研究は現在も続けられています。

Case3  チョウマメの花をヒントに「青いバラ」を研究
鈴木正彦(青森県グリーンバイオセンター所長)
●複雑な「青い花」の世界
青いバラは育種家にとって長年の夢ですが、空色のような青色を出すには、遺伝子組み換え技術による方法しかないと考えられています。
当センターでは、4年前からその取り組みを始めました。

遺伝子組み換えによって「青いバラ」を作出するときに、まず必要なものは、青色を作り出すのに重要な働きをする遺伝子を得ることです。 しかし、青い色を持つ花は自然界では小数派であり、その仕組みも一様ではありません。またアジサイのように、同じ植物でも植えられている土壌の違い(pHやアルミニウム成分の量)によって、花の色が変わる例もあります。

そこで、どの花をモデルにするかで、青い花を作り出す戦略が異なってきます。
代表的な青い花を持つ植物のうち、我々は強い青色を呈するチョウマメ、ロベリア、トルコギキョウを主に用いて研究を行いました。
青い花で共通して見られるものは何か、また花ごとに必要なものは何か、などの基本的な情報を得るために、色素の分析を行い、同時に青色色素を作成するのに関与している遺伝子を探ることにしました。

青森県バイオグリーンセンター

●チョウマメから取り出した酵素
花の色は色素分子だけでなく、発色を助ける分子や金属イオン、それに特有の構造を作り出す細胞内の環境(pHなど)が適切な条件になって、初めて我々が目にする多様な色を作り出しています。

チョウマメの青い色素は「テルナチン」と呼ばれるもので、デルフィニジン骨格にいくつもの糖や有機酸が付いています。
我々はこの糖を付ける働きをする酵素に着目し、チョウマメの花から取り出すことに成功しました。この酵素は、今まで知られている糖を付ける酵素のうち、どれとも異なる新しい酵素でしたので、その遺伝子も同時に調べて特許を申請したところです。この酵素がないとチョウマメは青色にはならず、藤色になってしまうのです。

このように必要な酵素やその遺伝子を全てとらえていけば、チョウマメの青色を作るのに必要なものをすべて手に入れることができます。そうすれば、白いバラにこれらの遺伝子を入れて、チョウマメのように濃い青色をした「青いバラ」を作ることも夢ではない、と思っています。

研究に使用されたチョウマメの花。右側が、
アントシアニジンに糖を付ける酵素を
持っている花。
会員規約プライバシーポリシー著作権についてお問合せ日本園芸協会
Copyright(C)2003 日本園芸協会 All Rights Reserved.